乾季になると、工場の敷地に植えられた木々への水やりが欠かせません。
「水をやらなければ枯れてしまうんです」
タイにある日立産機システムのグループ会社、Hitachi Industrial Technology (Thailand) Ltd.の工場を案内してくれたDirector & Factory Managerの小玉裕二は、スプリンクラーを指さしてそう話しました。そのスプリンクラーから出ているのは、新たに引いた上水ではありません。
その水は、工場で使った水を処理し、再び利用できるようにした「再利用水」です。

一見すると、一つの工場の小さな取り組みに見えるかもしれません。しかし、その背景をたどると、世界規模の課題が見えてきます。国連水会議2023に際して、対策が進まなければ2030年までに世界の淡水需要が供給を40%上回る、との見通しが警告されました。水がもはや「いくらでもある資源」ではないことを示す数字です。脱炭素が経営の共通言語になる一方で、水はそれほど前面で語られてきませんでした。同会議で新しい水の経済学を提起した「水の経済学に関するグローバル委員会(GCEW)」の共同議長で、ポツダム気候影響研究所所長のヨハン・ロックストローム氏も、あらゆる地球規模の課題の背後には常に水があるのに、私たちはそれを十分に語ってこなかったと指摘しています。
産業界にとって、使った水をそのまま流すのではなく、再生してもう一度使うことは、有効な打ち手の一つです。タイのこの工場では2019年、上水使用量を減らし、再利用水の活用を広げるプロジェクトが始まりました。
工場で水を循環させる
木への水やりは、再利用水の使い道のほんの一部です。その水がどこで生まれ、どこへ向かうのか。たどっていくと、工場の中を巡る水の流れが見えてきます。
2018年、この工場では水や電気、LPG、熱、CO₂など、工場全体の資源利用を管理・改善するため、Facilities Department(工場インフラ管理部門)を新設しました。翌2019年、そのFacilities Departmentが中心となり、工場のあるカビンブリ工業団地から供給される上水の使用量を減らし、再利用水の利用を広げるプロジェクトが始まります。
まず取り組んだのは、工場で使った排水を処理し、再利用するための基盤づくりでした。処理した水を蓄える貯水タンクを増設し、再利用水を安定して供給できる環境を整えます。
しかし、設備を整えただけでは水は循環しません。再利用水をどこで活用できるか。ここから、この工場の本当の挑戦が始まりました。

水はどこへ広がるか
再利用水の使い道は、一つずつ広がっていきました。
最初に切り替えたのは、芝生や樹木への散水です。続いて機器の洗浄や扇風機、各建物のトイレ、そしてモーターの塗装ラインのウェットスクラバー(塗装時に生じる粉じんやミストを水に絡め取って除去する集じん装置)へと、上水を使っていた工程を段階的に再利用水へ置き換えていきました。なかでも削減量が大きいのが、スクラバーとトイレです。
2024年には全7ライン(Line1〜7)のスクラバーで月およそ140立方メートル、各建物のトイレでは配管を新たに敷きながら広げて月およそ500立方メートルの上水使用を削減。これらを合わせると、上水使用量の削減は月およそ640立方メートルに上ります。先行して切り替えた散水や機器の洗浄を加えれば、実際の削減はさらに大きくなります。
冒頭で小玉が「水をやらなければ枯れてしまう」と話した木々への散水も、その一つです。緑を支えているのも、一度工場を巡った再利用水です。削減量の主役ではありませんが、この工場が再利用水の使い道を設備の中だけにとどめず、敷地全体へ広げてきたことを象徴しています。

モーター塗装ラインに設置されたウェットスクラバー。塗装時に発生する粉じんや塗料ミストを水に絡めとって除去する設備で、この工場では運転に使う水を上水から再利用水へ切り替えています。
水を支える人の手
使った水は、そのまま再び使えるわけではありません。工場の一角に、処理した水を蓄えるタンクがあります。その手前には、水を再利用するための処理工程が掲げられていました。
「この手順に沿って、薬品を調合したり、フィルターを交換したりしています」
このプロジェクトを牽引してきたSeradech Kampeeranon(Deputy Sect Manager of Technology & Service Facility Department)はそう説明します。工場で使われた水は、薬品で濁りを固め、酸性度を整え、消毒する。こうしたいくつもの工程を経て、再び使える水になります。その工程は設備だけで完結するものではありません。水質の確認や薬品の調整、フィルターの交換など、日々の管理を担う人がいて初めて、再利用水は安定して供給されます。
止まらない現場を、水の面から静かに支える仕事です。

水再生処理タンクの前で。写真は水再利用プロジェクトを牽引してきたSeradech Kampeeranon(左)とPrayoth Buaphuen(右)
水資源について考える
世界的に水のひっ迫が見込まれるなか、水資源の有効活用はどの製造現場にも共通する課題です。日立グループは環境長期目標「日立環境イノベーション2050」のもと、水資源の保全もその重要なテーマとして位置付け、2030年度までに水使用量の原単位(生産高や売上高などの活動量あたりの水使用量)を2019年度比で10%削減することを目標に掲げています。
タイ工場の再利用水の取り組みは、この方針を、現場の日々の作業に翻訳したものといえます。水や電力の使い方を管理する部署を設け、上水の使用を計画的に減らす——その延長に、この取り組みはあります。差し迫った水不足があったからではありません。世界の水需給が逼迫すると見込まれるなか、危機が訪れる前から資源としての水に向き合っておくことは、これからの変化に対する備えにもなります。脱炭素の議論が進む陰で、水という資源にどう向き合うか。その問いに、現場は一つずつ答えを積み重ねています。
使った水を、どこまで使えるか
2019年にこのプロジェクトが立ち上がってから、まもなく7年。芝生への散水に始まり、機器の洗浄、トイレ、塗装スクラバーへと、上水を使っていた工程を一つずつ再利用水へ置き換えてきました。その歩みは、再利用水の「使い道」を一つずつ広げてきた歴史でもあります。今後も、ほかの設備へ広げていく計画です。
小玉は、これを通過点と捉えています。「将来的には、水の再利用を20%くらいまで広げたい」。
めざすのは、この工場で使用する水のうち、再利用水が占める割合をさらに高めることです。
数字が示すのは、到達点ではなく方向です。使った水を、どこまで再び使えるか。その問いに終わりはありません。むしろ、新しい使い先を一つずつ見つけ続けることそのものが、この現場の次の課題になっています。
乾季のスプリンクラーが撒く一滴の水も、その問いに向き合い続けた現場の積み重ねから生まれています。
参考文献:
日立産機システムの環境への取り組みについて、詳しくはこちらをご覧ください

Hitachi Industrial Technology (Thailand), Ltd.について
Hitachi Industrial Technology (Thailand), Ltd.(HITT)は1989年設立の日立産機システムグループの生産拠点です。1996年からタイ・プラチンブリ県カビンブリでモータをはじめ、ボルテックスブロワ、配線用遮断器、電磁開閉器などの産業機器を製造しています。タイ国内だけでなく海外市場にも製品を供給するとともに、工場では水やエネルギーなど資源利用の効率化にも継続的に取り組んでいます。


