キャリアをスタートしたばかりの頃、私は知識や経験のある人が他人の成長を支援するメンターシップは、新人の時期にこそ役立つものだと思っていました。ビジネスマナーもキャリアの描き方もよく分かっていなかった私は、自信や方向性がついてきたら、今度は自分がメンターになる番だと考えていたのです。
しかし、年月を経て学んだのは、「メンターシップに終わりはない」ということでした。実際、私がこれまでに築いてきた最も価値あるメンターとの関係の多くは、キャリアの後半に、予想もしなかった相手との間で生まれたものでした。そしてそれらは、今もなお進化し続けています。
答えではなく「考える力」を与えてくれた最初のメンター
私が最初に出会ったメンターは「自分を信じる力」を教えてくれました。私は若く、意欲に満ちていて、早く成果を出したいと思っていました。彼はその有り余る私のエネルギーを良い方向に導いてくれたのです。
タスクを詰め込みすぎるのではなく、「本当に大切なこと」に集中するという姿勢。部門を超えた協業の進め方、仕事上のジレンマをどう乗り越えるか。そして、何よりも仕事における「人との関わり方」を教えてくれました。
私は一時期彼の部下として働いたこともありました。立場は変わっても、学びは止まりませんでした。彼は私に決断を任せてくれました。それが良い判断であっても、そうでなくても、成長するための「余白」を与えてくれたのです。今振り返ると、彼との数多くの対話は「地図を与える」のではなく、「自分だけの地図を描く方法」を学ぶ機会だったと気づきます。
これこそがメンターシップの本質なのだと思います。すべての答えを持っていることでも、答えを与えることでもなく、「自由に考える場」を提供すること。難しい問いを投げかけたり、別の視点を提示したり。ビジネスにおける“人間的な側面”を導き出すためのヒントを、信頼できる誰かからもらえる関係こそがメンターシップなのです。
本当に優れたメンターは「何をすべきか」は教えません。「自分自身で答えを導き出せる問い」を投げかけてくれるのです。私が誰かをメンターとして支援する時も、私が出会った最初のメンターの姿勢を手本にしています。私は、メンティー以上に多くの質問を投げかけることもあります。それは答えを避けるためではなく、自分自身で考え、見つけていく力を育てるためです。
私の目標は、メンティーが自分の思考力、自分の直感、そして自分の言葉を手に入れること。それができたとき、彼らはきっと、自分自身の道を自ら切り拓いていけるはずです。
「逆メンターシップ」という新たな気づき
これまでで私が一番驚いたのは、自分より若い人たちから「逆メンターシップ」を通じて、まったく新しい視点を得た経験でした。これは見過ごされがちですが、非常に重要なメンターシップの一形態です。
彼らが私の考えに疑問を投げかけ、新しい角度で考えさせてくれるとき、私はとても刺激を受けます。とくにテクノロジーや社会の変化についての問いかけは、かつての自分には思いもよらなかったものばかりです。
逆メンターシップは、世界の有力企業でも取り入れられています。『Forbes』誌*によると、この概念は1999年にGEの元CEOジャック・ウェルチ氏が広めたもので、今でもその価値は色あせていません。TargetやFidelityといった人財育成に力を入れ、若手の声を積極的に取り入れている企業も制度として導入しています。
若い世代はテクノロジーに慣れ親しみ、理解も深い。また、彼らの価値観は私が社会に出た頃と大きく異なります。だからこそ、どんなに“若葉マーク”でも、すべての視点に耳を傾ける価値があるのです。
各地で定期的に行っているタウンホールミーティングでは、事業戦略の共有だけでなく、従業員との対話を大切にしています。
写真は、土浦事業所を訪れた際に撮影した若手メンバーとの一枚。
ずっと「メンティー」であり続けるということ
私は働き始めてから30余年が経ちましたが、今も定期的にメンターに相談しています。繰り返しますが、メンターシップには終わりがありません。本当の意味で「生涯学習者」であれば、常に新しい視点、新しい選択肢、新しいチャレンジの機会があるはずです。
最近では、私は自分のことを冗談めかして「メンターボード」に支えられていると言っています。これは信頼できる人たちの集まりで、困ったときに新たな視点をくれる存在です。
その中には以前の同僚もいれば、まったく異なる業界の人もいます。彼らは私が毎日見ているものを見ていない。だからこそ、私の視野を広げてくれるのです。彼らは答えをくれるわけではありませんが、いつも考えるヒントをくれます。そしてそれが、私自身の成長につながっています。
私にとってメンターシップの形はさまざまです。制度化されたプログラムもあれば、何気ない会話の中にあることも、同じ立場の仲間との対話も含まれます。ある時は、人事の課題について、あえて経理の知人に相談することもあります。
私が求めているのは、必ずしも「答え」ではなく「視点」なのです。だからこそ、キャリアのスタート時点にある人も、長い道のりを歩んできた人も、ぜひメンターを見つけてほしい。そして、自らも誰かのメンターになることも忘れないでほしい。
メンターシップの価値は、時間とともに失われるのではなく、むしろ育まれていくものです。肩書きやキャリアの長さに関係なく、学びは常にあります。そして、ときに最良の答えは、誰かの問いに寄り添う中で、自分自身の中から生まれるものなのです。
*出典:Forbes Magazine(Jason Wingard, 2018年8月)

ジョン・ランドール
株式会社 日立産機システム 取締役社長 兼 CEO
前 日立グローバルエアパワー President & CEO