Artificial Intelligence——。いわゆる人工知能(AI)の話題をニュースで目にしない日はないといっても過言ではないでしょう。なかでも学習機能を備えオリジナルのデジタルコンテンツを作成できる生成AIの存在は、私たちの想像を遥かに超えた目まぐるしいスピードで拡大・浸透しています。テキストの執筆といった比較的シンプルなタスクから、アート・映像作品などのクリエティブな制作作業、プロ集団による高度な知見と経験値が不可欠とされてきたコンサルティングサービスまで、台頭する生成AIの貢献が期待される職種・分野についての議論が広くなされていることはみなさんもご存じのとおりです。
このように生成AIに関するホットな話題が世界各国で飛び交うなか、「実は製造業も、生成AIととても相性が良いのです」といわれて、ちょっと意外に思う方もいるかもしれません。デジタルトランスフォーメーション(DX)による生産性向上やカーボンニュートラルといった目標の実現は製造業も待ったなしの状況ですが、「生成AIも?」と首をかしげていませんか。しかし、その理由を、日立産機システムでカスタマーサクセス・サービス事業本部 カスタマーサクセス統括部 プロダクツコネクティッド推進部に所属する田邊亮さんが次のように説明します。

「製造業の現場というのは、ニーズと課題が比較的はっきりしているのが特徴です。熟練、非熟練に関係なく作業員のみなさんが円滑にオペレーションを実行できるよう環境を整える点もその一つです。設計図や運用計画表など工場のオペレーションに関する詳細なマニュアルがすべて存在しています。また、想定外の出来事が起きにくく、学習データをもとに現場のオペレーションを円滑に進めることができるという点で、”製造業の現場とAIの相性が良い”という関係値になっているのだと思います」
現場に不慣れな新人保守員は、問題が生じた際、経験を積んだ保守員にアドバイスを求める傾向にありますが、そのような状況が継続的に発生すると周囲への負担も比例して増加してしまいます。しかし、生成AIを導入することで設置されている産業機器との直接対話が可能となり、オペレーションや機器保守に関するさまざまな質問に答えてくれたり、運用における問題解決のガイダンスを提供してくれます。例えていうならば、手元にあるスマートフォンが「仮想の先輩」として機能し、想定内の課題であれば24時間体制で手厚いサポートをしてくれるということも可能になるのです。
FitLiveから生まれる次世代ソリューション
製造業の現場に生成AIを導入する——。たとえ「相性が良い」とひと口にいっても、一朝一夕に現場への導入を実現できるものではなかなかありません。その点、日立産機システムにとって大きなアドバンテージとなったのが「FitLive」の存在です。日立産機システムは、2017年からIoT(Internet of Things)を標準装備した空気圧縮機やインクジェットプリンターをはじめとするコネクテッドプロダクトの出荷を開始しています。これら産業機器をリモート監視する設備監視サービスが「FitLive」で、リアルタイムの稼働データを収集・分析し、各機器の稼働状況を把握します。このビッグデータをもとに、不具合発生の予兆診断や保守サポートの提案、省エネ化、設備運用の最適化に貢献しているのです。

「サービス導入以来、FitLiveの裾野は一気に広がっていて、現在、空気圧縮機をはじめ約2万台の機器に接続しています」そう語るのは、日立産機システムのカスタマーサクセス・サービス事業本部 カスタマーサクセス統括部 カスタマーサクセス戦略部に所属する中川雄介さん。
「IoTを駆使した稼働データの収集と分析を統合し、産業機器を構成する各パーツの寿命を把握することで、保守点検のタイミングのご提案や、ひいてはお客さまの現場でのダウンタイム減少などに貢献しています」
「工場など現場での導入が広がるとともに、FitLiveがモニタリングする機器の稼働台数も増えてきています。そうすると人の目でカバーするには限界があるので、AIによるサポートをとても重要視しています。例えば1000台、2000台の製品をモニターしなくてはならない状況があるとして、その中でピンポイントに『この製品のここがおかしい』ということを瞬時に指摘できるのは、AIの大きな強みです。そういった意味でも製造業とAI、生成AIの相性は良いのかなと思います」
「これまでであれば、私たちのサービスエンジニアがお客さまのところに伺って点検し、『御社の機器は現在こういう状態です』と直接説明するところですが、ここのところを生成AIが学習して賢くなっていけば、より手軽に、かつより広範に私たちのサービスを提供できるようになると思います」
製造業とAI。両者の特徴を融合し相乗効果を生み出すことで、まったく新しい次世代ソリューションが今かたちになろうとしています。そのプロジェクトの名前は「Talkative Products」です。

Talkative Products:“話し好き”が拓く未来
IoT技術を駆使して稼働データのリアルタイムモニタリングを行う設備監視サービス「FitLive」をベースとしながら、日立産機システムのさらなる設備監視サービスの進化・向上をめざし、現在、開発が進められているのが「Talkative Products」という次世代ソリューションです。「Talkative」とは「話し好きな」という意味の英単語。つまり生成AIが人間に代わって産業機器の運用、メンテナンスなどに関するカスタマーサービスを音声対話の形式で提供し、お客さまの「成功体験を最大化」するというものです。

Talkative Products 開発時のユーザーインターフェース。ここから必要機能の絞り込みやレイアウトの検討が行われ、その面影は現在のインターフェースにも引き継がれている。
「製品を買って使っていただいているお客さまにとって、機械の維持・管理は特に負担が大きく、非常に大変な部分です。不具合が発生した際、どんなエラーが出て、どんな管理をしなければいけないのか、取扱説明書を見ながら確認しなくてはいけない。またはサービスエンジニアが赴いて、現場で確認・対応するというのが当たり前でした」と中川さんは語ります。
「しかし、このTalkative Productsがあれば、何か困ったことが起きた時は、まず生成AIに相談していただくことができます。取扱説明書に掲載されている情報は網羅されていますので、技術的に高度な質問にも回答できる仕組みになっています。ここのところが非常に魅力的なソリューションだと考えています。また当社の特約店、販売店などでは、お客さまの問い合わせにすぐ対応できないケースもあるので、そういった場面でもTalkative Productsは絶大な効果を発揮すると思います」
“知識の構造化”でAIを強化
生成AIを安心かつ安全に活用していくにあたって一つのカギとなるのが、膨大な情報量をもつデータベースの学習トレーニングです。どれだけ便利なテクノロジーだとしても、基礎となるデータベースがもつ情報や知識が真正なものでなければ、初期の問題解決どころか、さらなるトラブルを連鎖的に生んでしまう可能性も少なくありません。その点、Talkative Productsでは、どのような”トレーニング”を行っているのでしょうか?田邊さんは次のように答えます。

「(大前提として)当社の生成AIは、世間一般でいうLLM(Large Language Model)のファインチューニングなどAIそのもののトレーニングを行っていません。そして、そこには明確な理由があります。当社が扱う産業機器は複数あって、型式も違えば、種類も違います。その全てを一括してまとめてしまうと、例えばインクジェットプリンターの質問が来たのに、圧縮機のデータを使って回答してしまうというリスクが発生します。いわゆる”ハルシネーション”の問題ですね。これは生成AIが作る不正な回答のことで、よく”嘘”と呼ばれますが、僕は”勘違い”と呼んでいます。生成AIが余計な知識を得てしまうと、余計な回答をしてしまうリスクがあるため、細心の注意を払ってTalkative Productsの開発を進めています」
ここでデータベースのバックボーンとして重要となるのが、各種産業機器の取扱説明書や、サービスマニュアルなどの社内ドキュメントです。これらを生成AIが学習しやすいように、例えば作業手順をフローチャート化するなどしてデータベースの強化を進めているといいます。また研究開発段階から生成AIが導く回答の精度評価を厳密に行い、場合によっては取扱説明書には記載のない追加情報もデータベースに加えていくことで、さらなる精度の向上を図っているといいます。
「”知識の構造化”とも呼んでいますが、いかにして社内の膨大な情報をデータベース化するかが、我々の技術のもっとも肝要な部分だと思っています」と田邊さん。
パーソナライズされたサービスの提供
では実際、Talkative Productsはいかにして機能するのでしょう?中川さんが説明してくれます。

「例えばインクジェットプリンターの場合、内部にあるインクが固着してしまうと修理・復旧が必要となり、お客さまの稼働をストップする必要が生じてしまいます。しかし、Talkative Productsを導入して『今日の調子はどう?』と話しかけると、『何号機のプリンターは、停止してから1週間経過しているので、そろそろ動かした方がインクの固着を予防できますよ』といったアナウンスをしてくれるのです」
このインタビューを行った時点(2025年2月に実施)においても鋭意開発中のTalkative Productsですが、日立産機システム社内ではすでにサービス部門や工場など一部運用を開始しているところもあります。今後のリリースに関する具体的なタイムラインの設定はこれからということですが、社内全般、特約店、販売店と段階的に運用を拡大し、最終的にはもっとも重要であるお客さまがお使いになれることはいうまでもありません。

「日立産機システムは、産業機器の設計・製造・販売・保守を一貫して手がけており、そのビジネス全体のデータすべてにアクセスできる環境にあります。またFitLiveを通じて詳細な稼働データも継続的に集まってくるので、それらすべてを合わせた膨大なノウハウをもっている点が大きなセールスポイントといえます」と田邊さん。
そして最後に、中川さんがインタビューを次のように締めくくってくれました。
「将来的には圧倒的なデータとナレッジの強みを生かし、お客さまそれぞれのニーズに最適化された、文字通りパーソナルなサービスをTalkative Productsを通じて提供していきたいですね」
Talkative Productsの”ストーリー”はまだ始まったばかりかもしれません。が、しかし、今後の展開は今から大いに楽しみです。

中川雄介
株式会社日立産機システム
カスタマーサクセス・サービス事業本部
カスタマーサクセス統括部 カスタマーサクセス戦略部
グループリーダー部長代理

田邊亮
株式会社日立産機システム
カスタマーサクセス・サービス事業本部
カスタマーサクセス統括部 プロダクツコネクティッド推進部 技師