製図板に向かい、一本の線をぶれなく正確に引いていく。私もかつて、設計の現場でそんな経験をしました。手を動かし、紙の上で考えながら、少しずつ図面を形にしていく。そこには、技術者の知識だけでなく、積み重ねてきた経験と技能が表れました。
やがてコンピュータが普及し、情報の扱い方が変わりました。
CAD/CAM(設計・製造支援システム)が登場し、解析ツールが計算を支援するようになると、設計の進め方も大きく変化しました。
道具が仕事の一部を引き受けるたびに、「人の役割は小さくなるのではないか」という問いが繰り返されてきました。
しかし、私の実感はむしろ逆です。新しい道具が人にできることを広げるほど、その可能性を引き出す人の役割も大きくなってきました。
AIも、この技術進化の延長線上にあります。
AIが仕事の一部を担うようになったとき、人にはどのような役割が残るのでしょうか。
製図板を使い、手作業で図面を描いていた時代の設計現場(イメージ)
仕事が変わるとき、人は何を担うのか
国際労働機関(ILO)は2025年、世界の労働者の4人に1人が、生成AIの影響を何らかの形で受ける可能性のある職業に就いていると推計しました。
ILOは約3万の職務タスクを分析し、多くの職業には引き続き人の関与を必要とする業務が含まれることから、仕事そのものがなくなるよりも、その内容が変化する可能性が高いとしています。
CADが図面作成を支援しても、何を設計するかを決めるのは人です。解析ツールが数値を示しても、それを設計にどう反映するかを考えるには、専門的な知識と経験が要ります。現実の仕事には、データだけでは捉えきれない事情があります。お客さまの状況、製品や設備が使われる環境、現場に蓄積されてきた知見や経験などです。
AIが普及するほど、AIが示す情報を専門的な知見と照らし合わせ、状況に応じて判断し、確認することの重要性は高まります。
人の役割は、「すべてを自分の手で行うこと」から、「専門性を生かして新しい道具を使い、その結果を判断し、価値へつなげること」へと移っていくと、私は考えています。
生まれた時間を、どこへ振り向けるか
AIが力を発揮しやすい領域の一つが、定型的で反復的な処理です。情報を集めて整理し、複数の資料を突き合わせ、大量のデータから確認すべき箇所を拾い出す。こうした作業をAIが支援することで、人は別の仕事に時間を振り向けやすくなります。
本当に問うべきなのは、その時間を何に使うかです。新しい製品を構想し、お客さまの声をより深く聞き、新しい市場や顧客との接点をつくる。複雑な課題の解決や、これまで時間の制約で検討できなかった設計の選択肢にも、より多くの力を注げるようになります。効率化はあくまで出発点です。生まれた時間と力を、どの仕事へ振り向けるのか。その判断には、明確な目的が必要です。

AI活用の出発点は、お客さまのニーズにある
AIの導入を検討する際、ツールや機能の比較が先行することがあります。新しい機能やサービスが次々に登場する中で、導入すること自体が目的になり、使っているツールの数が成果のように見える場合もあります。しかし、最初に問うべきは、「お客さまのどのニーズに応えたいのか」です。
製品開発を速めれば、お客さまを取り巻く変化により早く応えられるかもしれません。サービスの質を高めれば、製品や設備をより安心して使っていただけます。情報の収集や分析を速めれば、これまで十分に捉えられなかった課題を把握し、新しい解決策を提案できるようになります。
AIを使う目的は、お客さまのニーズを理解し、製品、サービス、デジタルソリューションを通じて、より良い答えを届けることです。お客さまに何を提供できるようになったかによって、AIの価値が決まります。
AIを支える、電力とインフラという現実
日立産機システムは、受変電・配電システムや変圧器、電力の監視・制御などを通じて、産業や社会に必要な電力を安定して届けるためのインフラに携わっています。だからこそ、AIの利用拡大を考えるとき、私たちはその可能性だけでなく、AIを支える電力や設備にも目を向ける必要があります。

AIは、画面の中だけで完結する、形のない技術のように見えます。しかし実際には、半導体、サーバー、ネットワーク、冷却設備、そして、それらの稼働を支える電力が必要です。
国際エネルギー機関(IEA)によると、世界のデータセンターの電力使用量は2025年に17%増加しました。さらに、データセンター全体の電力使用量は2030年までに約2倍、AIに重点を置くデータセンターでは約3倍になると予測されています。
AIの利用が拡大するにつれ、それを支える電力需要と設備への要求も高まっています。IEAは、変圧器などの電力機器の供給や、系統接続に必要なインフラの整備が、データセンター拡大の制約になり得ると指摘しています。
Hitachi Social Innovation Forum 2026 JAPANで展示された、AIと冷却の統合制御を含む日立のデータセンターソリューション
AIをどのように活用するかを考えるときには、得られる効果だけでなく、その利用に必要なエネルギーや設備、社会への影響にも目を向ける必要があります。
AIを倫理的に、責任を持って、社会の利益につながる形で使うことが、責任あるAI活用だと私は考えています。
学び続ける人が、道具を価値に変える
CAD/CAMも解析ツールも、人が使い方を学び、現場に合わせて工夫し、経験を重ねて初めて価値を生みました。AIも同じです。
世界経済フォーラムが2025年に公表した、55の国・地域の1,000社を超える企業への調査では、63%がスキルギャップを事業変革の主な障壁に挙げ、85%が2030年に向けて従業員のスキル向上を優先する計画だとしています。
大切なのは、それぞれの専門性に、新しい道具を使うための知識を重ねることです。設計に携わる人なら、設計の専門性を持ちながら、AIがどのような支援を提供できるかを理解する。サービスに携わる人なら、お客さまや設備についての知識を生かし、AIが示す情報を読み解く。組織を預かる人なら、導入の目的、期待する成果、そして守るべき原則を明確にする。
日々の仕事を知る人にしか見えない課題があります。AIの出力を適切に評価するには、その分野で積み重ねた経験が欠かせません。
最初から大きな変革を狙うのではなく、身近な課題から試し、結果を確かめる。期待した成果が得られなければ、その理由を考え、そこから学ぶ。得られた気づきを共有し、次の改善につなげる。その積み重ねが、AIを単なる新しい道具から、組織の力を高める技術へと変えていきます。
そして、こうしてAIを使う力を育てることは、技術を導入することと同じくらい重要です。高度な道具から価値を生み出すのは、その道具を理解し、適切に使い、結果を判断できる人財だからです。
広がった人の力を、何に使うのか
製図板からCAD/CAMへ。解析ツールやコンピュータ、そしてAIへ。道具はこれからも進化し、そのたびに私たちの仕事のあり方も変わっていきます。しかし、どれほど高度な道具でも、その可能性を価値に変えるのは人です。
お客さまのニーズを理解し、専門性を生かして判断し、現場から学び続ける。道具が生んだ時間と力を、新しい製品やサービス、課題の解決へ向ける。AIによって広がった人の力を、お客さま、従業員、そして社会のために、どう使うのか。その問いに向き合い、学び、試し、責任を持って前へ進むこと。それが、AIの可能性を、より大きな価値へ変えていくのだと思います。
参考文献
- Gmyrek, P. et al. (2025), “Generative AI and Jobs: A Refined Global Index of Occupational Exposure”, ILO Working Paper 140, International Labour Organization."
- International Energy Agency (2026), “Key Questions on Energy and AI”.
- World Economic Forum (2025), “The Future of Jobs Report 2025”.」
- 株式会社日立産機システム「受変電システム」
- 株式会社日立産機システム「受変電・制御システム」
- 株式会社日立産機システム「変圧器」

ジョン・ランドール
株式会社 日立産機システム 取締役社長 兼 CEO
前 日立グローバルエアパワー President & CEO



