水の損失は、顕在化する前に積み重なる
水資源リスクが地政学・サプライチェーンリスクとして語られる今、 製造現場における水の使われ方も、これまで以上に厳しく問われ始めています。水は、エネルギーや原材料と同様に、安定した事業活動を支える基盤の一つです。しかしその一方で、日常的に使われているがゆえに、損失や異常が見過ごされやすい資源でもあります。とりわけ、気づかれないまま失われる「無収水(NRW:Non-Revenue Water)」は、資源面でも経済面でも大きな課題となっています。無収水とは、供給された水のうち、漏水や計量ロス、不正使用などにより把握・回収されないまま失われる水のことです。世界銀行が運営する水道事業体ベンチマーク(IBNET)の集計では、無収水率(NRW)が中央値で約30%前後となる年も報告されています(※参加事業体データの集計)。
たとえば英国(イングランドとウェールズ)では、1日あたり約30億リットルが漏水によって失われているとされ、単純計算でも年間約1.1兆リットル(30億×365日)に相当します。漏水の厄介さは、大きな事故として表面化する前に、目立たない形で損失が積み上がっていく点にあります。
そしてこの構造は、公共インフラに限った話ではありません。製造現場においても、水は日常的に使われるがゆえに、異常があっても気づきにくい資源の一つです。水不足が現実味を増す今、「足りない」だけでなく「知らぬ間に失う」こともまた、見過ごせないリスクになりつつあります。
日立グループは水を自然資本の一部として捉え、製造・工場プロセスにおける水利用の効率化や漏水防止、循環利用などを進めています。環境長期目標「日立環境イノベーション2050」では、ネイチャーポジティブの実現に向けて、FY2019比でFY2030までに水使用量を10%削減する目標も掲げています。こうした目標は、データの“見える化”そのものではなく、日々の運用の中で変化を見比べ、判断につなげる営みがあって初めて意味を持ちます。今回紹介する習志野事業所の事例も、その延長線上にあります。
習志野事業所という現場
今回紹介する事例は、千葉県習志野市にある日立産機システムの習志野事業所での取り組みです。同事業所は、日立産機システムの中でも歴史ある製造拠点の一つとして、長年にわたり産業を支える製品を生み出してきました。設備の安定稼働だけでなく、電力や水、ガスなどユーティリティの使われ方を継続的に把握し、改善につなげる運用を積み重ねてきました。今回の漏水対応は、そうした日常の運用の中で生まれた判断の一例です。

習志野事業所 環境管理センタの齊藤さん、西口さん、久世さん(左から)
異常は起きていなかった。ただ、数字が合わなかった
きっかけは、市水道の請求データと、工場内で計測していた上水(市水)使用量のデータを突き合わせた際の違和感でした。設備トラブルが発生しているわけでもなく、構内に水があふれている様子もありません。現場は、いつも通り稼働していました。
それでも、両者の数値には月あたり500立方メートルを超える差がありました。この差は、単なる誤差として見過ごされませんでした。
デジタルがつくっていた「気づける状態」
習志野事業所では、電力に加え、水やガスといったユーティリティの使用状況を日常的にデータとして確認する運用が続けられてきました。こうした把握には、工場内のエネルギー・ユーティリティを統合的に監視し、傾向の確認や改善の検討に活用できる仕組み「H-NET」を用いています。

H-NETは、異常を自動で判断する仕組みではありません。警報が出たわけでも、「漏水」という答えが表示されたわけでもありませんでした。ただ、日々の業務の中でデータを見続けていたことで、休日や夜間にも水使用量が減らない時間帯があることに目が留まりました。普段の傾向と比べたときに「何かが違う」と感じる余地が、現場に残されていたのです。 加えて同事業所では、圧縮空気、蒸気及び外気温データなどもH-NETに取込み、基礎データの蓄積と閲覧、改善のPDCAにつなげる考え方を整理してきました。
確証がない中での判断
とはいえ、この時点で漏水を断定できたわけではありません。
一部の配管は地下に埋設されており、調査には時間や手間がかかります。必ず原因にたどり着ける保証もありませんでした。
実際、調査を始める段階では配管ルートが広く、まずは約380メートルの範囲で目星を付けて確認を進めたといいます。ただ、地上に水が出てきていない状況では手がかりが少なく、異常箇所を特定する作業は容易ではありませんでした。
それでも構内のウォークスルー調査を進める中で、ポンプ室内の不要となっていた呼水槽(ポンプ起動時に水を満たすための設備)からドレン水が常時排水されている状態が見つかりました。この箇所については、速やかに排水停止の対策が取られています。

ドレン水が常時排水されていた呼水槽の部分
さらに、配管ルートを歩いて回りながら、水が溜まっている場所がないか、水の流れる音に違和感がないかを一つひとつ確かめていきました。その過程で、ポンプ室横の不使用配管付近で「シューっ」というかすかな音が確認され、掘削につながりました。地下約1メートルを掘削した結果、埋設配管からの漏水が判明し、止水対策が実施されました。
これらの対応により、上水使用量は月あたり約520立方メートル削減されています。なお、工業用水など別系統でも漏水が継続している可能性がある箇所を把握しており、今後も順次、確認と対応を進めていく考えです。

埋設配管から漏水が見つかった箇所
判断を支えたのは、仕組みではなく使い方だった
今回の対応は、新たな設備導入や特別な改善プロジェクトから始まったものではありません。すでにあった仕組みを、日常の中でどう使っていたかが判断の前提になっていました。
デジタルは判断を代行するものではありません。変化を見比べ、立ち止まるきっかけをつくる。その役割を果たしていたのが、日常的にデータと向き合う運用でした。
顕在化する前に、立ち止まれるか
無収水は、表面化しない限り、損失として認識されにくい課題です。世界的な水資源の逼迫が現実味を増す中で、製造現場における一つひとつの判断は、資源の使い方そのものに影響します。

仕組みやデータがあるだけでは十分ではありません。日常の中で変化を見比べ、違和感を置き去りにしない。顕在化する前に立ち止まり、確かめる。そうした積み重ねを、現場の当たり前として続けていきたいものです。
出典
H-NETについて詳しく知りたい方はこちらをご覧ください



